伊賀・名張の酒蔵探訪〈vol.1〉

滝自慢酒造と太田酒造へ

2019年冬号より

三重県は西側一帯に鈴鹿山脈や布引山地などの山が連なることで酒造りに適した伏流水に恵まれています。三重県の地酒はG7伊勢志摩サミットでも使われたことで全国から注目が高まり、世界へ向けて出荷する酒蔵もあります。県北西部に位置し、忍者で有名な伊賀市や平成の名水百選に選ばれた赤目四十八滝がある名張市は四方を山に囲まれた盆地で冬は寒く、県内でも酒蔵が多い地域です。今回は、伊賀、名張地域の酒蔵を巡り、酒造りのこだわりや日本酒を介した地域創生などをご紹介します。

水と技を活かす、瀧自慢の酒造り。

酒蔵見学(写真左から塚原和食総料理長、樋口総料理長、杉本隆司社長、杉原シェフソムリエ)

赤目四十八滝の程近くにある明治初め創業の瀧自慢酒造へ。木造の酒蔵に入ると昔から変わらないという重厚な柱や梁から長い歴史を感じます。案内してくれた4代目社長の杉本 隆司さんによると、この環境で酒を造ることが大事なのだそうです。「大正初期に建てたこの酒蔵には天然の麹菌が住み着いています。酒蔵を新しく建て直すと酒の味が変わってしまいます」。

瀧自慢酒造で使われている仕込み水

杉本さんに、瀧自慢の美味しさの理由を尋ねると「水です。私達の造る酒の味は水が一番大事です」。近くに滝や川が流れる酒蔵の敷地には古くからの井戸があり、創業以来一度も涸れたことがないほど豊富な伏流水に恵まれています。また井戸水は軟水で、酒の仕込み水に使用することで発酵が緩やかになり雑味のない味になるといいます。

瀧自慢のお酒の特長は「きめ細やかでやさしい味わい。いわゆる『女酒』です」と杉本さん。日本酒にはスッキリとした味で力強さを持つ灘の「男酒」、きめ細やかでまるみのある伏見の「女酒」と味の違いを表現します。三重県の多くの酒蔵は昭和30年から60年頃まで、灘や伏見などの大手酒造に桶売り※として酒を販売していた歴史があり、そのような呼び方が生まれました。杉本さんが酒造りの家業に入った当時は、硬水で仕込む濃い目で辛口な男酒が流行していたそうです。「先代の社長からは、男酒を造らなあかんで、とよく言われました。でも水が違うからそうはならない。ならばこの土地の水の良さを活かした酒造りをしようと心に決めました」。話を聞いて塚原和食総料理長は「料理にも水が大事。水によって味が変わるというのはとても良く分かります」。

※酒類を販売容器に詰めず主に原酒のまま製造業者間で売買すること。

滝自慢

また日本酒の原料となる酒米は、気候条件で出来が変わるため酒造りにも技が必要。猛暑が続いた一昨年、米が固く育ち過ぎて醪(もろみ)を仕込んでも溶け切らなかったといいます。「こういう経験は初めてでしたが、精米時にいつもより5%程多く削ることで思うような酒を造ることができました。私達の基本はいつ飲んでも『これぞ瀧自慢』という味です。しかし時代に寄り添うような味の変化も必要だと感じています」。

杉本隆司社長、杉原シェフソムリエ、樋口総料理長

杉原シェフソムリエは「果実であるぶどうで造るワインと違い、穀物の米から酒にして、そこに酒蔵の個性と味わいを表現していくのは凄い技術。日本の酒造りはとてもレベルが高いと感じますね」と話すと樋口総料理長は「料理も素材の味が正直に出ます。土地の恵みと作り手の技術や情熱があって初めて良い素材になるというのは、どれも同じですね」と話します。

志摩の食材を使い伝統の製法で作る「海の幸フランス料理」。さらに地方食材の魅力を伝え、資源を守る取り組み「伊勢志摩ガストロノミー」。昔からの酒の産地で、資源の水を活かし、時代を見据えて酒を造る。それは作り手や生産者が積み上げてきた技術と情熱があってこそ。酒と料理に通じる世界だと感じました。

半蔵を受け継いだ、若手杜氏の挑戦。

大田酒造の代表銘柄「半蔵」

伊賀市にある明治25年創業の大田酒造。代表銘柄の「半蔵」は、フルーティーな吟醸酒から複雑な味わいの純米酒、さらには梅酒まで種類が豊富で初心者から日本酒好きの幅広い層に愛されています。三重県の多くの造り酒屋では岩手県の南部杜氏や兵庫県の但馬杜氏をその蔵の杜氏として雇う文化がありました。大田酒造でも昨年まで南部杜氏が活躍していましたが令和元年から大田 勲社長の息子で7代目の有輝さんが杜氏に就任。有輝さんは醸造学を学んだ後、県内の醸造所で修行を積みました。

杜氏 大田有輝さん

有輝さんは酒米をワインのブドウ品種に例えます。「酒米の定番ブランド『山田錦』は芳醇でコクのあるシャルドネで、三重で開発された酒米の『神の穂』は酸味と上質な香りのリースリングに近い感覚です。どうぞ味わってみて下さい」。「大吟醸 半蔵 伊賀山田錦」は洋梨やレモンのような華やかな香り。一方「純米大吟醸 半蔵 神の穂」は同じく洋梨に加えメロン、アーモンドのような風味。香りとともに複雑で多彩な味わいに一同驚きの表情。「お酒の香りは仕込むときの酵母で決まります。果実の様な香りを作り出す酵母もありますよ」。

新しい酒造りを目指す有輝さんは昨年、新たに「&(アンド)」という日本酒を手がけました。「『&』は『食事と人を繋ぐ』がコンセプトで、料理に合わせやすい深い味を意識しました」。酒米は今まで使用したことがなかった雄町(岡山県)と八反錦(広島県)の2種類。「半蔵では三重県産の米にこだわってきたのですが、酒造りを学んだ時に三重以外の素晴らしい酒を知り日本酒の奥深さ、美味しさを知ってもらいたいと強く思いました。これからは地元だけにこだわらず、日本酒の可能性を広げていきたいです」と有輝さん。

専務 大田智洋さん(母)、社長 大田勲さん(父)

父の勲さんは「県外の酒米を使って、伊賀の風土で酒を造りたいという気持ちを大切にしたいです」と微笑みながら話します。母の智洋さんは「息子が家業に入り心強いですがお酒を造るだけが仕事ではなく、歴史を背負いお客様に応え続ける責任も大きい。がんばって欲しいです」。有輝さんは「先代杜氏から、伊賀の気候風土の特徴を活かした酒造りが大切だと教わりました」。

塚原和食総料理長

最後の試飲は「半蔵 特別純米酒 神の穂」を熱燗で。「ハマグリや貝のお出汁に合いそう」と樋口総料理長。杉原シェフソムリエは「炊きたてご飯のようなふくよかさ。酸味がやさしく料理を旨みが包み込むような味は脂の乗ったお造りや濃厚な東紀州のウニにいいですね」。
終始静かに酒を味わっていた塚原和食総料理長は「この味は三重の食材にとても合うと思います。地域の地酒は郷土の味を引き立たせる役割もありますね」。

樋口総料理長は「これからはフランス料理にも日本酒を合わせてみたいです。料理にお酒が寄り添うようなメニューで新しい三重の魅力を多くの方に味わって欲しいです」と話しました。

大田酒造前で

取材日

2019年10月