菅島(すがしま)は、鳥羽港から東へ約3㎞、定期船で約15分の場所に浮かぶ、人口約430人の離島です。

太平洋から流れ込む黒潮に乗って回遊魚が集まる伊勢湾の養分豊かな海水に恵まれた海域にあり、古くから漁業で栄えてきました。

島や周辺の岩礁ではアワビやサザエなどを採る海女漁をはじめ、伊勢海老漁や一本釣り漁、黒海苔養殖など、多彩な漁業が今も受け継がれています。
鳥羽市にある4つの有人離島のなかでも、菅島は古くから一本釣り漁が盛んなことから〝釣りの島〟として知られ、マダイやマアジなどの魚が水揚げされています。また、地元の若手漁師が中心となり、一本釣りのマアジを〝菅島極(すがしまきわみ)アジ〟としてブランド化する取り組みも進んでいます。

菅島のマアジは脂が乗った大ぶりの身に加え、魚体を傷つけないよう漁師や仲買人が一尾ずつ丁寧に扱い品質を保っています。

そのため、都市部の市場では一般的なマアジの2倍以上の価格で取引されることもあるほど注目が集まっています。

今回、樋口総料理長と塚原和食総料理長が菅島を訪れました。

そこには一本釣りに誇りを持ち、海とともに力強く生きる人々の姿がありました。

定期船で菅島に到着すると、ご自身も元・一本釣り漁師であり、現在は鳥羽磯部漁業協同組合で組合長を務める木下和行(きのした かずゆき)さんが出迎えてくれました。

まず案内していただいたのは、島の海女が豊漁と海上安全を祈願する約700年の歴史を持つ「しろんご祭」の舞台、白髭(しらひげ)神社。

島の周りではアワビ漁を行う海女さんの姿も見られ、海と人との深いつながりが伝わります。
「菅島の漁業者は約70人の海女さんを含めて150人程です。マアジの一本釣り漁師は13人いて、うちの息子もその一人です。今朝もマアジ漁がありましたので、これから船を見に行きませんか」。

木下さんの案内で早朝に出港したという漁船へ。

船内の生け簀には、釣り上げられた大ぶりのマアジが元気よく泳いでいます。

「黒潮の影響を受け、太平洋から回遊してきたマアジは、菅島周辺の岩礁域にとどまります。この海域には、マアジの餌となる〝しろめ〟と呼ばれるカタクチイワシの稚魚などが豊富で、大きく育つんです。魚体がほんのり黄色みを帯びていると、脂が乗っているという目安になります」。

木下さんが実際に漁で使う道具を見せてくれました。

「釣り上げたマアジは手で触らず専用の針外しを使い、生け簀から取り出すときも、魚体を傷つけないよう水タモでやさしくすくいます。マアジは直接触れると火傷をしたような状態になり、ストレスがかかって身質にも影響します。手間がかかりますが、手の温度や摩擦の刺激を加えないよう丁寧に扱うことが大切なんです」。

午後1時頃になると6隻の漁船が港に並び、入札が始まります。

この日は仲買人が漁船へ乗り込み、生け簀ごと魚を買い付けていました。

入札を終え、マアジを漁船から移す作業は、漁師と仲買人が水タモで数匹ずつすくい丁寧な受け渡し。身質の管理に細心の注意を払って行われているのがわかります。

「仲買人さんも菅島のマアジの価値をよく理解していて出荷先へ届く時間を見計らって活〆を行い、神経締めや血抜きを施して最高の状態で送り出してくれます。漁師にとって頼もしいパートナーですよ」。
と話すのは木下さんの息子・裕滋(ゆうじ)さん
 

菅島の仕出し屋「おかげ屋」で、今朝水揚げされたばかりのマアジの姿造りをいただきました。

塚原和食総料理長は「脂が乗っているのにさっぱりといただけますね。獲れたてならではの弾力もあります」。

「島の人は、一日寝かせたマアジを好む人も多いですよ。身がほどよくやわらかくなり、脂も馴染んで格別です」
と話す木下さんは代々漁師の家に生まれ、幼い頃から父親の船に乗っていたそうです。

「私は父の背中を見て仕事を覚えました。近年は自然環境や沖合の漁場環境の変化もあり、菅島周辺へ回遊してくる魚は少なくなりました。それでも昔から受け継いできた一本釣りと、魚を扱う技術で〝釣りの島〟の誇りを息子達へとつないでいきたいです」
と力強く語ります。


この日、一本釣り漁の後、海士(あま)としてアワビ漁へ向かった息子・裕滋さんにも話を伺いました。

「海と生きる島での暮らしに幸せを感じています。我が家は父と母、妻、子どもたちの三世代。夏はマアジやアワビ漁、冬場は黒海苔養殖を行っていて、妻も現場に立ち支えてくれています。朝早いことも多いのですが、子どもの世話は父と母にいつも助けてもらっています。私自身もこうした環境で育ってきました」。

さらに「私が釣った魚でも、子どもには〝じいじが釣ってきた魚だよ〟と話すんです。子どもたちにも父を誇らしく思って欲しいですからね。海だけでなく、家族や地域との温もりのあるつながりも残していきたいです」と笑顔を見せました。
 

樋口総料理長は、「菅島に伺い、木下さん親子をはじめ島の人々が大切に育んできた日々の営みを感じました。その中心にあるのが、受け継がれてきた一本釣りへの揺るぎないプライドなんですね。菅島のマアジという島の誇りを、料理に表現したいです」と話しました。

総料理長 樋口 宏江 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。
2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。
2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。
2024年料理マスターズシルバー賞、文化庁長官表彰を受賞。
和食総料理長 塚原 巨司 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。
2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。
2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。
2025年、日本調理師連合会最高位名匠を受嘱。

菅島のアジフライ

豊かな漁場と漁師さんの確かな技術から生まれた菅島のマアジ。
鮮度や身質の良さに加え、菅島で感じた島の人々の温かな暮らしをイメージし、どこか懐かしさも感じるアジフライをフランス料理として仕立てました。
アジは軽くマリネした後、細かくした黒海苔を混ぜたパン粉を身の片面だけにまとわせ、たっぷりの澄ましバターでさっと揚げ焼きにし、上火のオーブンで身の火入れ具合を調整。
パン粉をまとった面はふっくらと香ばしく、脂が乗った身はレアな食感を目指します。
タルタルソースにはケッパー、オリーブのほか、ミョウガや紅生姜、紫蘇で和の趣と彩りを加えました。

姿造り 棒寿司 南蛮漬け

菅島に伺った時にお聞きした〝一日寝かせた〟菅島のマアジの美味しさを愉しめる3品です。
尾頭付きの姿造りは、さらりとした脂がとろける薄切りと、脂がしっとりと馴染んだ厚切りの2種類をご用意しました。
棒寿司はマアジを酢締めした後、昆布の旨味を移し、上品で余韻のある味わいに。
南蛮漬けはさっと揚げた後、熱い出汁と合わせ、その余熱でゆっくりと火を入れます。
島の風景や人々の営みに思いを馳せながら、異なるアプローチで仕立てた菅島のマアジの奥深い魅力をお届けします。

 
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。

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