信念で育む、松阪豚
愛情の彩り
志摩時間 2025年春号より
三重県松阪市は、東側に伊勢湾、西側に台高山脈(だいこうさんみゃく)や高見山地(たかみさんち)が連なる伊勢平野に位置しており、櫛田川などの伏流水、温暖な気候に恵まれています。
松阪牛の産地としても知られる松阪ですが、実は市のブランド認定産品である「松阪豚」の生産も行われています。上品な肉質、通常の豚肉に対し融点が37度と低く、口どけの良い脂が特徴です。
その「松阪豚」を開発したのは、松阪市で山越畜産を営んでいた畜産家、山越弘一(やまこしこういち)さんです。山越さんは約50年かけ、独自の交配技術で3種の血統を持つ品種「LWDヤマコシオリジナル三元交配豚」を生み出しました。
また、松阪豚は一般的に150日〜180日で出荷するところを220日〜240日と長期肥育することで「生きた熟成」とも称される肉質の良さを実現した希少なブランド豚です。
山越さんは全国養豚経営者会議(現 日本養豚協会)の会長を務めるなど、長年養豚業界に貢献した方でもあります。
樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長と生産現場や専門店を訪れました。
そこには愛情を受け健やかに育つ豚と、長年かけて生まれた美味しさを守り続けるために奮闘する人々の姿がありました。
松阪豚は、養豚家の理念の結晶。
松阪の市街地から車で約20分。田園風景や高見山地を望む農場へと向かいました。5棟の豚舎では種付けから子豚の出産、飼育まですべて手作業で行われています。
2022年に山越畜産から事業を継承し、新たに「株式会社YCまつぶたPIGSTORY」を立ち上げた代表取締役、橋本妃里(はしもとひさと)さんに案内していただきました。
豚舎に入ると、仕切られたそれぞれの部屋に母豚と10頭程の生まれたての子豚が一緒に暮らしています。母乳で約7㎏まで育った子豚は20日程で母豚と離れ、離乳舎の部屋に移ります。
「部屋は約30㎡の広さで8〜10頭の子豚が伸び伸びと育つ環境にしています」。
松阪豚は免疫が弱い子豚の時期でも比較的病気に強く、ワクチン接種は赤ちゃんに必要な一回のみ。
開発者である山越さんが提唱した〝自然農法〟の考えにより、エサは天然穀物を使っています。
「飼料の麦、大豆、マイロ(イネ科の1年草)を皮付きのまま与えることで、鉄分やミネラル分が豊富に取れます。一般的な養豚では早く大きく育て、生まれてから150日〜180日前後、約110㎏で出荷することが多いのですが、私達は子どものときに餌を与え過ぎず、運動量を増やして身体を鍛え、健康的に育てています。」
「180日から220日までの40日間はエサを変え、出荷時には約200㎏。大きな身体の隅々にまでサシが入る肉質に仕上げています」。
エサは一日に3回、飼育員が一頭ずつの健康状態を確認しながら与え、食べ残しは都度廃棄し、新鮮なものだけにするという徹底ぶり。これも山越さんのこだわりで今も忠実に実践しているそうです。
すべての豚たちを、愛情を込めて育てる。
続いて肥育期の豚が育つ豚舎へ。取材中、豚たちは興味深げに近寄ってきます。
「豚舎で作業をしていると、かまって欲しいのか袖や手を舐めてくるんです。この子たちは私たちを遊び相手だと思っているのかもしれませんね。顔や身体をなでると喜びますよ」。
塚原和食総料理長は「人懐っこくて可愛らしいですね。日頃からスキンシップが多いのですか?」と尋ねると
橋本さんは「触れ合うことで豚の小さな変化にも気付くことができるんです。豚と人の距離が近いことも松阪豚の品質の良さにつながると考えています。こうしていると、この子たちの暮らしのなかに私たちも存在しているのだと感じますね」。
「松阪市のお茶農家さんと連携し、生茶葉を使っています」。
栗野料理長は「松阪豚は、赤身はしっかりとした食感で味が濃く、脂も甘くて驚きました。生産への工夫とこだわりによるものですね」。
橋本さんは「母豚にも常時お茶の葉を与えているので、夏バテしにくくなりました」。
母豚は「LWヤマコシMIX」というこちらもオリジナル品種で、子豚から育てており、出産に適した期間を終えると自社で加工、販売を行っているそうです。
「私達は愛情を注ぎ大事に育てた母豚のことを〝グランドマザー〟と呼んでいます。松阪豚を産み育ててくれた感謝の想いから、最後までうちの店で使命を全うして欲しいと思っています」。
引き継ぐ想い。
松阪市に生まれ育った橋本さんが山越さんの育てる松阪豚と出会ったのは12年前。それまで山越さんや松阪豚の存在を知らなかったといいます。
「松阪豚を初めて食べた時、地元にこんな美味しい豚肉があったのかと衝撃を受けました」。
当時、会社員をしていた橋本さんは山越さんに会い、品評会でも高い評価を受け続け、業界内で知らない人はいない程こだわりを持った生産者であることを知ったそうです。
「この先50年経っても安心で美味しい豚肉を作るという信念を持ち、情熱をかけてきたことや、山越さんには後継者がおらずご自身の代で養豚業を終えるつもりであることを話してくれました。私はこんなに美味しく価値のある松阪豚を途絶えさせてはいけないと、山越畜産で学ぶことを決めたのです」。
橋本さんは未経験であった養豚業の現場へ飛び込み、山越さんに教えを請いながら、独特な交配技術などを学びました。
そしてより多くの方に松阪豚の味を知ってもらうために山越畜産内に松阪豚専門店を開業。5年後の2022年、正式に事業を継承しました。
橋本さんは「山越畜産で働いてきた方々や新たなスタッフとともに、山越さんが築き上げた安心安全と美味しさの両方を実現していけたらと思います」。と力強く話してくれました。
松阪豚の品質の良さはもちろん、背景にある物語をお伝えすることで、さらに食材の魅力を感じていただけると嬉しいですね」。
左から塚原和食総料理長、橋本さん、樋口総料理長、栗野料理長
総料理長がお届けする春の料理 樋口宏江の料理ストーリー
フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) |
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和食総料理長がお届けする春の料理 塚原巨司の料理ストーリー
松阪豚のカレー煮
和食では鶏や鯖などでご用意することの多いカレー煮には、相性の良いバラ肉を使います。
表面を焼いて旨味や脂を閉じ込めたら、昆布、酒、砂糖、味醂にカレー粉を加えた出汁に入れ約4時間じっくりと低温調理を行います。まろやかなカレーの香りと味が染み込んだ松阪豚は、肉の旨味もしっかりと感じられるひと品。たっぷりの野菜とともにお召し上がりください。
松阪豚のしゃぶしゃぶ
しゃぶしゃぶは赤身と脂身のバランスが良い肩ロース肉を少し厚めに切り出し、シンプルな肉の味わいを主役に。昆布出汁の中で肉の色が変化するまで潜らせます。胡麻と白味噌にカツオ出汁、レモン、すりおろしたリンゴなどを加えた胡麻ダレと、大台町産柚子、伊勢醤油、志摩産カツオ出汁を約1ヶ月寝かせた熟成ポン酢の2種類で。キメ細やかで美しいサシやとろける食感。
上質な肉質だからこそ感じることのできる深い旨味をご堪能ください。
※入荷状況により提供期間が変わる場合があります。
和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00) ※ご昼食は4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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鉄板焼「山吹」料理長がお届けする春の料理 栗野正也の料理ストーリー
松阪牛と松阪豚 梅肉海苔巻き
しっかりとした食感の松阪豚のロース肉を、松阪牛のサーロインと合わせました。手挽きした松阪牛と松阪豚は半々の割合で合挽に。大葉、醤油、酒、味醂の和風の味付けに山椒とクミンでアクセントを加えます。
鉄板に少量の胡麻油を引き、合挽肉を焼きます。焼き色が付き中に火が通るまでしっかり焼き上げたら、温度が低い場所に移し肉汁を落ち着かせます。答志島産の黒海苔を鉄板で炙り香りを引き出し、焼いた合挽肉、御浜町の松本農園の梅肉を乗せ、海苔で包んでお召し上がりいただきます。
パリっとした黒海苔の食感と磯の香り、松阪豚の力強い旨味と松阪牛の芳醇な味が重なり、甘い脂と肉汁といった個性を梅肉が上品にまとめたひと品です。三重が誇る2つの肉が生み出す贅沢な美味しさをお愉しみください。
※入荷状況によりご用意できない日がございます。
鉄板焼レストラン「山吹」 | ザ クラブ2F(要予約) ランチ(土日限定) 11:30-13:30(L.O.13:00) ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで) ※水曜日定休 ※ランチは4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。