新たな価値を創造する ブルームきゅうり
煌めきの連鎖
志摩時間 2025年夏号より
しなやかファームとその周囲を囲む田園
三重県の北部に位置する四日市市は伊勢平野に位置し、その地理的条件から古くから宿場町として栄え、現在は産業都市の一面もあるエリアです。
また都市近郊型農業も盛んな地域で、伊勢茶、白菜やキャベツなど気温の寒暖差を活かした特産品が生産されています。
鈴鹿山脈の麓にある上海老町(かみえびちょう)は豊富な伏流水に恵まれている農業地区で、美しい田園風景のなかにあるビニールハウスでは「ブルームきゅうり」が栽培されています。
現在はブルーム〝レス〟きゅうりが市場への流通量の大多数を占めていますが、40年以上前にはブルームきゅうりが一般的に生産されていたそうです。
樋口総料理長、塚原和食総料理長と、今や流通量がわずか3%と言われる希少な存在のブルームきゅうりのみを専門で育てる「しなやかファーム」を訪ねました。そこには新しい農家の在り方と、時代の流れに押され、忘れかけていた素材本来の懐かしい美味しさがありました。
食の安心にも、美味しさにも手を抜かない育て方。
代表の阿部俊樹(あべ としき)さんにハウスで育つブルームきゅうりを見せていただくと表面にはトゲや白い粉が見られます。
「〝ブルーム〟とはきゅうりから出る白い粉のことで、水分の蒸発を防ぎ紫外線から実を守る役割があるんです。耐病性を高めるケイ酸を主体に糖分やカルシウムも含まれます。このトゲは新鮮な証拠なんですよ」。
15cmほどでブルームきゅうり本来の味や食感が感じられる
きゅうりは成長が早く約2ヶ月で出荷できる大きさになることから「収穫は1日に早朝と夕方の2回、最盛期では1日に約4千本を出荷するので体力が必要な仕事です」。
特徴であるトゲやブルームを守るために手で触れる機会をなるべく少なくすることや、水分の蒸発を防ぐために専用フィルムを被せた収穫用コンテナで鮮度を保つ工夫もしているそうです。
またしなやかファームのきゅうりは「みえの安心食材(三重県)」にも認定されています。
病害性リスクが高い作物でもあるきゅうりの害虫を、その天敵となる虫が食べる仕組みで環境や人への影響も考えた農薬低減に取り組んでいます。
「このハウスでは12〜6月と8〜11月の2期作で生産をしています。通常は収穫時期が終わると連作障害を防ぐため土壌消毒剤を使用しますが、環境や作物への影響を最小限にとどめる方法として、肥料を加えた土を大量の水に浸し、ハウスを密封して太陽の熱で土の中の害虫を駆除しつつ、必要な微生物は残すという自然の力を活かす方法で土壌再生を行っています」。
昔はあった、美味しいきゅうりを現代に。
米づくりをしていた兼業農家の長男として育った阿部さん。元々は農業に興味がなく、地元の高校を卒業すると進学、就職と名古屋で暮らし、広告代理店や美容エステの経営といった仕事を経験。
「小さいころ農業はきつくて、格好良さとは程遠い仕事だと思っていました。ですが前職で美容や健康に深く関わったことで、大切なものは「食」だと辿りつき、改めて農業に興味を持ったんです。
両親や祖父母は、立派な仕事をしていたんだと、就農を考え始めました」。
農業の経験がなかった阿部さんは三重県の農業改良普及センターに相談。四日市で生産者が多いイチゴやトマトを勧められたそうです。
「それでは地域内の市場の競争率を上げてしまうし、素人の自分では生産者として評価されるまで何年掛かるか分からない。でもきゅうりは年中食卓に並び、四日市で生産している人もいませんでした」。
「それでも努力次第だと素人なりに覚悟を決め2017年に開業しました。実際、最初は大変で睡眠時間を削り作業をしていました」。
開業から3年程経った頃、農家仲間から紹介され〝ブルームきゅうり〟の存在を知った阿部さん。
「よく、地元のおばあさんが『昔のきゅうりは美味しかった』と話していて、それがブルームきゅうりのことだったんです。ブルームきゅうりに見られる白い粉が農薬が残っている様に見えるということで、40年程前からブルームレスきゅうりが主流になったそうです」。
苗を仕入れている種苗メーカーの担当者の協力もあり、2021年には全生産をブルームきゅうりに切り替えました。
その後、成果が現れ、野菜ソムリエサミット(日本野菜ソムリエ協会主催)のきゅうり部門で2022年から歴代最多の3年連続銀賞を受賞。今では都心のスーパーにも卸すなど、県内外から取引の依頼があるそうです。
独自の想いを貫く。
獲れたてのブルームきゅうりを試食した塚原和食総料理長は「見た目よりずっしりと重たいですね。持っただけで違いがわかります。皮が薄いのにパリっとした食感があるのは実が詰まっているからですね」
と話すと阿部さんは「熱を加えるとアスパラガスのような風味もありますよ」。
樋口総料理長は「独特のエグ味や苦味が少なく、瑞々しさと甘味もあり美味しいです」。
阿部さんは農業に飛び込み、自分に合った生産スタイルを見つけたと教えてくれました。
「農業を始めるため、指導員さんに教えてもらったり独学でもきゅうりづくりを学びました。その中で大事なのは収穫の量で、さらに市場の規格に収める必要があり、味について評価されることは少ないとわかりました。もともと私は農家ではなく消費者側でしたので、その目線で考えると、美味しさを求めるニーズはあるのではと考えたんです。それなら自分は、そういう方々の味覚に響くようなきゅうりを作ろうと決意しました」。
阿部さんは思い切って規格で値段が判断される市場には卸さず、直接スーパーやレストランに販売することを始めました。曲がったものや小さいものはパックに詰めて道の駅で販売すると、阿部さんが作るきゅうりのファンが徐々に増えていったそうです。
樋口総料理長は「美味しさはもちろん、農業への取り組み方に刺激を受けました。農業以外のお仕事をされていたからこその視点と自ら道を切り拓いていく情熱が食材にも表れていますね」。
阿部さんは「農業を始めるまで、日々の食事から生産者のことを考えることはありませんでした。まだまだ生産者と消費者の壁を感じているので生産する姿や想いを伝え、新しい農業の可能性を模索し続けたいです」。
左から塚原和食総料理長、阿部さん、樋口総料理長
| 総料理長 樋口 宏江 | 2014年志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞。2023年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。2024年料理マスターズシルバー賞、文化庁長官表彰を受賞。 |
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| 和食総料理長 塚原 巨司 | 1987年都ホテル大阪(現シェラトン都ホテル大阪)日本料理「都」、「うえまち」で研鑽を積む。2016年伊勢志摩サミットにて和食料理の提供に携わる。2019年、志摩観光ホテル和食総料理長に就任。2025年、日本調理師連合会最高位名匠を受嘱。 |
総料理長がお届けする夏の料理 樋口宏江の料理ストーリー
| フレンチレストラン「ラ・メール」 | ザ ベイスイート5F ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30) |
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和食総料理長がお届けする夏の料理 塚原巨司の料理ストーリー
胡瓜翠香(きゅうりすいこう)−夏の彩り三景
夏をテーマにしたブルームきゅうりの料理3品です。農家さんに「ブルームきゅうりは火を通してもしっかりとした食感がある」とお聞きし、きめ細かな天ぷらの衣、カツのサクサクとした食感と2つの仕立ての揚げ物に。きゅうり本来のしっかりとした味わいが存在感のあるひと品です。
阿部さんの育てるブルームきゅうりを形を変え、余すことなくその味わいを活かしたのがきゅうりの素麺仕立て。桂剥きをして細切りにしたきゅうりに片栗粉をまぶし、軽く湯通しすると、つるりとした口当たり。種も美味しくいただけるので刻んで薄口醤油、みりんに志摩産カツオ出汁を合わせたつゆにして、食感や香りも引き出しました。蒸し鮑を添え、滋味深い山海の幸を。
もう一品は三重県伊賀地方の郷土料理「きゅうりの冷や汁」をアレンジ。味噌をカツオ出汁で伸ばし、すり卸ろしたきゅうりを加えると爽やかな香りと甘味が感じられます。吸物として、または温かいご飯にかける「冷や汁ご飯」もおすすめです。
6月の「匠」コースでご提供する予定です。
※入荷状況により提供期間が変わる場合があります。
夏の御食つ国会席
この季節に美味しくなる鱧や鮑を中心に、三重県御浜町で作られる南高梅の爽やかな味わいをアクセントに加えた夏の御食つ国会席。
淡白な味わいの鱧は様々な味わいで美味しさを表現。黄身揚げを施した煮物で旨味を加え、造りでは落としに叩いた梅肉を。吸物では葛󠄀打ちに仕上げ、南高梅を添えました。
鮑は低温調理を施すことで磯の香りと食感を残し、造りや寿司に。蒸し鮑では冷菜で柔らかさと旨味を活かします。他にも松阪牛の冷しゃぶや伊勢海老の冷菜からお好みでお選びいただけるようご用意しました。
箸休めは冷やした茶碗蒸しに鰻の蒲焼きを合わせ、焼き物にはサザエの壺焼きなど、季節の味覚もふんだんに取り入れました。鰻玉締めご飯や鱧と南高梅を天ぷらにした天丼、伊勢まぐろの造り、伊賀牛の米糀焼きなど、三重が誇る食材とともに夏の訪れを和の味覚でお楽しみください。
夏の御食つ国会席
6月1日(日)〜8月31日(日)
¥35,000 ※料理内容は月替わりとなります
| 和食「浜木綿」 | ザ ベイスイート4F ご夕食 17:30-21:00 (L.O.19:30) ご昼食 11:30-13:30 (L.O.13:00) ※ご昼食は4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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鉄板焼「山吹」料理長がお届けする夏の料理 栗野正也の料理ストーリー
鮑の温製しゃぶしゃぶ 胡麻と酢橘のソース
夏に旬を迎え、身や肝が大きく育った鮑を活きの状態から調理、鮑の食感と風味を最大限に愉しめるひと品です。
鮑は殻ごと鉄板で軽く火入れし、薄くスライスします。取り外した肝は殻をかぶせて蒸し焼きに。熱した昆布だしに身をさっと潜らせ、半生のしっとりした食感と磯の香りを残します。
つけだれは、その場で擂った胡麻に米酢と濃口醤油などを合わせ、酢橘を搾った和のテイストで。口に運ぶと擂りたての胡麻の香ばしさ、酢橘の爽やかな香り、そして鮑の身の心地良い食感とともに滋味深い味わいが広がり、鮮度が良い肝は苦みがなく旨味が凝縮され、ほのかな海藻の香りも愉しめます。鮑の味覚を、こだわりの鉄板焼きの技でご堪能ください。
口に運ぶと擂りたての胡麻の香ばしさ、酢橘の爽やかな香り、そして鮑の身の心地良い食感とともに滋味深い味わいが広がり、鮮度が良い肝は苦みがなく旨味が凝縮され、ほのかな海藻の香りも愉しめます。鮑の味覚を、こだわりの鉄板焼きの技でご堪能ください。
お二人様 ¥70,000
※入荷状況により提供期間が変わる場合があります。
| 鉄板焼レストラン「山吹」 | ザ クラブ2F(要予約) ランチ(土日限定) 11:30-13:30(L.O.13:00) ディナー 17:30-21:00(L.O.19:30/前日 20:00まで) ※水曜日定休 ※ランチは4名様から。1週間前までのご予約制。 |
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志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」
伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。