紡いでいく伝統と歴史

レストラン「ラ・メール ザ クラシック」を語る。

志摩時間 2019年夏号より

今年の7月に開業から50年を迎えるレストラン「ラ・メール ザ クラシック」。今回は開業当時を知る宮崎前総料理長(現顧問)と樋口総料理長の対談で遍歴を辿りながら、守り伝えていくホテルの料理についての想いを聞きました。

—まずお二人にとって「ラ・メール ザ クラシック」はどんな存在なのでしょうか。

樋口 緊張感と基本に忠実に日々の仕事に向き合うことを学んだ場所です。
宮崎 開業の前日はアポロ11号が月面着陸に成功した日でした。とても忙しくてニュースを見る余裕はなかったのですが特別な日だったと印象に残っています。当時私は20歳。先々代の料理長だった高橋さんの下で働いていました。

—高橋シェフといえば『海の幸フランス料理』で当時のフレンチ業界に革新を起こしました。

宮崎 私は兵庫出身でしたので伊勢志摩の食材について詳しく知っているわけではありませんでした。高橋シェフと働くことで、この場所でしかできない料理をつくるという哲学、土地の素晴らしさを知りました。この建物ができたのが1969年。1970年頃からフランスでは有名なシェフ、ポール・ボキューズが掲げる、新鮮な素材を活かしたヌーベルキュイジーヌ(新フランス料理)の流れが各国に広がっていきました。今の日本のフレンチを作った有名なレストランがこの頃に多くできましたね。高橋シェフは地元の素材を使った今までにない『海の幸フランス料理』を発表し、大きな話題となりました。当時、本場の味を知る多くの食通が高橋シェフの料理を食べるために、ここ賢島まで足を運び高く評価しました。

樋口 高橋シェフの独創的な料理を他のシェフでも提供できるように宮崎顧問がレシピを整え、工程や材料を細かく残したからこそ、今でもホテル伝統の味としてお客様にご提供できています。

—共に働いてきた樋口総料理長にとって宮崎顧問とはどんな料理人だったのでしょう。

樋口 『想いの人』です。常に誰かのため、そして美味しい料理を食べていただくために心をつくす料理人です。三重大学医学部附属病院の先生方と『グルメディカル』というスタイルを確立したのも宮崎顧問。カロリーや塩分など患者の病状に合わせなければならないという制限があるなか、数グラム単位で何度も試作するなど、近くで見ることができてとても勉強になりました。栄養バランスを考えながらホテルの味を変えないように料理をつくることは緻密さと同時に高い技術も必要で他の人にはできないことだと思います。それと、入社して間もないときに宮崎顧問のビーフコンソメを口にし、身体の隅々まで染み渡る美味しさに感動しました。これは他のスタッフともよく話すことで、いつか私も顧問の作るコンソメの味に近づけたらと思っています。

宮崎 志摩観光ホテルの料理の味は、すべての料理の元となる『ダブルブイヨン』にあると私は思います。同じ分量を作るにしても倍の材料と倍の手間暇。効率化と言われる今ですが、ここはこだわってブイヨンを作る。コクと深みを追求することでひとくち食べた時の印象はまるで違います。これがこのホテルの料理の精神を表していると思うのです。これからも守り抜いて欲しいですね。

—総料理長に就任して6年。革新を続けてきた樋口総料理長が受け継いでいることとは。

樋口 伝統の『海の幸フランス料理』の味を守ること。そして伊勢志摩だけでなく、三重県にある素晴らしい食材も使い、生産者さんとの繋がりを大切にした新たな料理を作ることです。お客様に『この地でしかできない特別な体験』を届けたいと思っています。

—宮崎顧問が次の世代に期待することは何でしょうか。

宮崎 言葉にすると難しいのですが、高橋総料理長の時代から志摩観光ホテルの料理には変えてはいけない『魂』みたいなものがあると思うんです。もちろん、時代に合わせて変えざるを得ない部分もあります。「変えてはいけない」と表現すると重く感じますが、その魂を気持ちで感じながら革新を続けて欲しいです。それとね、やはり料理って人の心を豊かにするものだと思うんです。フランスの美食家ブリヤ・サヴァランが「新しい料理の発見は、新星を発見するよりも人類の幸福に役立つ」と残しています。そんな一皿が志摩の地から生まれて欲しいと思います。それは樋口さんや志摩観光ホテルの料理人皆に期待していることです。

宮崎 英男

6代目総料理長・料飲部顧問
1968年志摩観光ホテル入社。1994年第6代目料理長、2008年総料理長へ就任。料理八心(志・真・健・美・清・恒・識・技)を大切にし、すべてのバランスが整ってこそお客様に喜んでいただける料理が提供できるという信念でホテルの料理を守り、次世代へつないできた。

取材日

2019年3月

志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。