内瀬柑橘物語〈vol.1〉

柑橘の実には、それぞれに個性がある

志摩時間 2020年春号より

ホテルから車で約25分の場所にある南伊勢町はリアス海岸沿いにあり、鰯や鯖のまき網漁などが盛んな地域で、また県内外で知名度が高い「マルゴみかん」など柑橘類の栽培も盛んです。温暖な気候で海に迫る山々の段々畑には、色鮮やかな柑橘の風景が広がります。今回は、伊勢志摩のブランド柑橘を育てる南伊勢町内瀬地区の「アサヒ農園」を訪ねました。ここで作られる柑橘を料理に使っている樋口総料理長は年間を通して畑に通っています。そこには生産者と料理人が想いで繋がるパートナーシップがありました。

畑で出迎えてくれたのは、内瀬柑橘出荷組合 アサヒ農園代表の田所一成さん。「この畑が『せとか』で、あちらが『はるみ』の木です。ここでは出荷の約6割を占める温州みかんの他、カラマンダリン、ブラッドオレンジ、津之輝(つのかがやき)などの品種を年間を通じて路地やビニールハウスで栽培しています」。

柑橘について語る田所さん

試食したせとか

田所さんが持ってきた実を割ると、爽やかな香りが広がります。

実が成長する過程を見るのが楽しいと語る樋口総料理長

「フレッシュな甘味、そして酸味もしっかりありますね」と樋口総料理長。「『はるみ』は出荷まで約1ヶ月間寝かせることで酸味が程よく抜けるんですよ。ちょうど今が一番美味しい頃合いです」。田所さんの柑橘は直接購入するお客様も多く、好みに合わせて寝かせ具合を調整するそうです。樋口総料理長が「収穫してすぐの『はるみ』を料理に使うと酸味と香りが際立ちます。『せとか』は上品な香り、ブラッドオレンジは強い甘味など、一口に柑橘と言ってもそれぞれに個性があります。熟していく過程で味や香りが変わるので、その特徴を料理に合わせていくのが楽しいです」と話すと、杉原シェフソムリエは「例えば『はるみ』や『せとか』など繊細な香りや味を活かした料理には、柔らかな酸味を持つ白ワインやオレンジワインと合わせたいですね」とイメージを膨らませます。

柑橘ごとに違う香りを確認する杉原シェフソムリエ

柑橘を「この子」と表現する、生産者の想い。

実をひとつずつ袋で包んだせとかの木

高級柑橘である『せとか』は枝に沢山のトゲを持つため、田所さんは成長の過程で薄い皮に傷が付かないように枝のトゲを一つひとつハサミで切り、さらに実を布で覆い育てます。また沢山の実を付ける木には一本一本の枝に紐を付け、重さを支えるなど手間を掛けて育てています。田所さんに、内瀬で美味しい柑橘類が育つ理由を訊ねました。「豊かな日射しや黒潮の影響による海からの温暖な風が昼夜の温度差を作るので甘味が出ます。また柑橘類は雨が多いと味がぼやけてしまうのですが、内瀬はそれほど雨が多くないので味が濃くなります。育てる品種によって土の状態も変えているんですよ」。

育ち具合について語り合う田所さんと樋口総料理長

内瀬には柑橘栽培に適した二つの土壌があり、田所さんはそれらを使い分けています。水持ちが良い土壌では、はるみなどの中晩柑類(ちゅうばんかん)に肥料をたくさん与えて育て、逆に岩がごつごつあるような水捌けの良い土壌では温州みかんを育てています。「温州みかんには水や肥料をあまり与えません。するとみかんが頑張るので糖度が高くなるんです。生産者がこの子らに土や育て方を合わせることが大切。天候に味が左右される農作物を、毎年同じ味に仕上げるために努力するのが私たちの仕事です」。育てる柑橘一つひとつを「この子」と呼ぶ田所さんから柑橘栽培への熱意と愛情を感じました。

次代を育む、生産者と料理人。

完熟する前の青い柑橘

昭和20年に内瀬みかんのブランド化を目的に内瀬柑橘出荷組合が設立された頃は10軒以上の柑橘農家で構成していました。しかし平成8年には7軒に、そして現在は3軒にまで減少。「父の農園の仕事を手伝い始めたのが23年前。すでに若い人は僕だけでした。路地での柑橘栽培はきつい仕事です。手間の掛かる作業が多い。段々畑の道は舗装されてなく、使っている農地も狭いところがほとんどです。だから作業がしやすい農地へ移動したり、道を整備して効率を上げるようにしました」。
内瀬のある南伊勢町は65歳以上の人口が約50%で農業など一次産業の担い手も不足しています。そんな中でも昨年、田所さんのアサヒ農園には、国が定める地域おこし協力隊の制度で柑橘農家になりたいとやってきた一人の若手移住者がいます。「私も若い時に父や先輩農家にお世話になりました。だから一緒に仕事をしてくれる若い人がいると嬉しいし応援したいです」。

初めて訪れた畑で樋口総料理長に様々な質問をする池上さん

話を聞いていた樋口総料理長も「今日は若い料理人を畑に連れてきました。何より生産者さんの想いを感じて欲しいと思ったからです。柑橘類がどんな風に育てられて、どんな特徴があるのか。私がここに初めて伺ったのは2年前の夏です。『せとか』の木を見せていただいた時、出荷する果実に栄養分を集中させるために、一本の木の約半分は育つ前に摘果されることを知りました。でもまだ青い『せとか』でも『せとか』らしい上品な香りがあって、薄い皮や果汁を使えば料理の味を引き立てるのではないかと考えたんです。柑橘の育つ過程を自分で確かめたくて、田所さんの畑に通うようになりました。畑の様子や様々な柑橘の特徴を教えてもらうことで、今は他の柑橘の良さを活かした料理やデザートを作っています。

昭和20年に内瀬みかんのブランド化を目的に内瀬柑橘出荷組合が設立された頃は10軒以上の柑橘農家で構成していました。しかし平成8年には7軒に、そして現在は3軒にまで減少。「父の農園の仕事を手伝い始めたのが23年前。すでに若い人は僕だけでした。路地での柑橘栽培はきつい仕事です。手間の掛かる作業が多い。段々畑の道は舗装されてなく、使っている農地も狭いところがほとんどです。だから作業がしやすい農地へ移動したり、道を整備して効率を上げるようにしました」。

内瀬のある南伊勢町は65歳以上の人口が約50%で農業など一次産業の担い手も不足しています。そんな中でも昨年、田所さんのアサヒ農園には、国が定める地域おこし協力隊の制度で柑橘農家になりたいとやってきた一人の若手移住者がいます。「私も若い時に父や先輩農家にお世話になりました。だから一緒に仕事をしてくれる若い人がいると嬉しいし応援したいです」。話を聞いていた樋口総料理長も「今日は若い料理人を畑に連れてきました。何より生産者さんの想いを感じて欲しいと思ったからです。柑橘類がどんな風に育てられて、どんな特徴があるのか。私がここに初めて伺ったのは2年前の夏です。『せとか』の木を見せていただいた時、出荷する果実に栄養分を集中させるために、一本の木の約半分は育つ前に摘果されることを知りました。でもまだ青い『せとか』でも『せとか』らしい上品な香りがあって、薄い皮や果汁を使えば料理の味を引き立てるのではないかと考えたんです。柑橘の育つ過程を自分で確かめたくて、田所さんの畑に通うようになりました。畑の様子や様々な柑橘の特徴を教えてもらうことで、今は他の柑橘の良さを活かした料理やデザートを作っています。

時代が求める、生産者と料理人のパートナーシップ。

左から田所さん、池上さん、樋口総料理長、杉原シェフソムリエ

田所さんは先日、ホテルイベント『伊勢志摩ガストロノミー ランチ賞味会』のゲストスピーカーとして参加。田所さんの柑橘が随所に使われた特別メニューが提供されました。「私の柑橘を使った樋口さんの料理を初めて食べました。こんな風に料理になるのかと驚きましたね。そして他のお客さんの反応も気になって様子を見ていると、一口食べたところで頷きながら笑顔になったんです。嬉しかったですね。樋口さんは農園に何度も来て実の育っていく様子を見守ってそれを料理で表現してくれる。樋口さんやお客さんのためにも『自分もええもん作らなあかんな』と、改めて思いました」。今回初めて柑橘畑を訪れた池上さんは「料理人としてホテルの食の伝統を守っていくことはもちろんですが、食材として扱うだけなら見落としてしまうような生産者さんの『想い』に寄り添う総料理長の姿勢も受け継いでいきたいです」と話します。

生産者と料理人がお互いを理解し信頼が生まれることで、食材はその魅力に加え料理を通じても広がり、地域ブランドの造成に繋がります。食の宝庫と言われる三重県の地域発展の可能性を感じました。

総料理長 樋口 宏江

1991年志摩観光ホテルに入社。2008年ベイスイート開業とともにフレンチレストラン「ラ・メール」のシェフとなる。2014年に志摩観光ホテル総料理長に就任、2016年伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年に農林水産省料理人顕彰制度、料理マスターズブロンズ賞に女性初、三重県初の受賞。

シェフソムリエ 杉原 正彦

1987年に現在のウェスティン都ホテル京都に入社。2011年全日本最優秀ソムリエコンクールセミファイナリスト。第10回フランスワイン&スピリッツソムリエ最優秀コンクールベスト10など数々のコンクールで入賞。伊勢志摩サミットでは、日本ワイン選考委員会のメンバーであり、サービス責任者も担当。

取材日

2019年12月

志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。