水と人が育む、宮川ワサビ

繊細で上品なワサビを作り続ける、生産者の挑戦

志摩時間 2021年秋冬号より

志摩観光ホテルから車で約90㎞、紀伊半島の深い森が広がる大台町大杉谷地区。水質が最も良好な河川に何度も選ばれた「宮川」の源流で、約60年前から本ワサビ(以下ワサビ)を2代に渡って生産するワサビ農家西要司(にしようじ)さんを訪ねました。

ワサビ田のある森と宮川を望む大台町大杉谷地区

ワサビは飛鳥時代に年貢として扱われ、また古くは医療用としても重宝された日本特有の植物です。
西さんが育てたワサビはG7伊勢志摩サミットのワーキングディナーの一品に使われ、各国首脳に振る舞われたことでその名が広く知れ渡り、その後、三重県産ワサビとして国内外から注文が相次ぐようになりました。

樋口総料理長、塚原和食総料理長、栗野料理長、杉原シェフソムリエ、ラ・メール店長の細川ソムリエールがワサビ田へ伺い、宮川の清流でワサビを育てる西さんのこだわりと想いをお伝えします。

限られた自然環境でしか育たない、至難のワサビ栽培。

樋口総料理長へワサビについて説明をする西さん

西さんは約1000㎡のワサビ田で、1年を通じて10000本〜12000本をご夫婦で生産しています。
「水だけで育つワサビは、作るのが本当に難しいんですよ」と西さん。

ワサビが育つためには養分のある水が大量に必要であり、水温も年間を通じて一定であることが条件です。大杉谷地区は山から地中をゆっくりと流れるミネラル分を豊富に含んだ大量の伏流水に恵まれています。伏流水は川底の下を流れる地下水でもあるため水温が年間を通じて一定です。「最近では気候変動の影響か、この地域でも気温が30度を超える日もあります。以前は水温もワサビが育ちやすい13度を保っていたのですが、今は15度になるときもあるんです」。

西さんが手掛ける新しい品種

環境の変化に対応するため、西さんは育てる品種を変えるなど、様々な方法を模索しています。気候条件の近い場所で栽培される品種を植えても、上手く育たない場合もあるといいます。そこで西さんは自然交配しやすいワサビの特性を活かし、自ら品種改良を行うなど日々研究を重ねています。現在西さんのワサビ田で育てているのは主に真妻(まづま)系とアオ系とアカクキ系の3種。アカクキ系は大杉谷の在来種と他のワサビを交配した独自の品種で、種から出荷できるようになるまで約2年かかったといいます。

樋口総料理長が「水の1〜2度の変化など環境のわずかな違いで育たなくなるなど難しいお仕事ですね」と話すと、西さんは「ワサビはとにかくデリケート。こうすれば良いというものはありません。私は『ワサビ作りは名人芸』だと思っています」。
西さんは全国の農家仲間と頻繁に情報交換を行いながら、知識を高め合いワサビ作りを追求し続けています。

繊細で上品なワサビを作り続ける、生産者の挑戦。

畳石式ワサビ田

ワサビの栽培には水温の他にも水質、土壌などの条件が揃うことが必要で、栽培方法にもいくつかあり、西さんは根茎がよく育つ畳石(たたみいし)式を採用しています。畳石式は傾斜地を棚田状にして豊富な湧水や伏流水を流し続ける栽培方法です。ワサビ田の底には40〜50㌢程の大きな石を敷き詰め、順に小石、砂と層にすることで水捌けがよくなり、高さの違う棚田とそれぞれの層を水が流れ、伏流水はたくさんの酸素を含みます。根から酸素を取り込むワサビがより大きく発育する仕組みです。海外からも注目されているワサビの栽培方法を学ぶため、2年前にイタリアの大学が西さんの元を訪ねてきたそうです。「欧州のシェフもワサビを使う方が増えたからでしょうね。しかし海外での生産はとても難しいのではと考えます。それは国土の大部分が山である日本特有の自然環境で、なおかつ地域が持つ自然の特性を活かし切らないと作れないのがワサビなのです」。

ワサビ作りには恵まれた環境の大杉谷地区ですが、2004年に台風による大規模な水害があり、西さんのワサビ田が全て流されるという被害がありました。「自然のなかで育てるワサビ田は生産のリスクも大きいです。水害直後のワサビ田は土石流に埋め尽くされマイナスからのスタートでした」。西さんはそんな壊滅的な状況から視点を変え、この機会に自身の考え方を取り入れたワサビ田を作ることを決意。自ら設計、測量を行い見事復活させました。

新たな品種のワサビを確認する塚原和食総料理長

西さんが近年手掛けている新しい品種について塚原和食総料理長は「西さんのワサビは穏やかな品のある辛味、そして何より香りがよいですね。新しい品種は状態の良い期間が長くてとても助かっています」。と話すと、「鉄板焼きでお客様の目の前でワサビをすりおろすと、その香りと味に皆様が驚かれます」と栗野料理長。「決心をしたら前しか見えない。迷っているのが一番良くない。まだまだやりたいことが沢山あります」と語る78歳、西さんは挑戦を続けています。

左から細川ソムリエール、塚原和食総料理長、西さん、樋口総料理長、栗野料理長、杉原シェフソムリエ

和食総料理長がお届けする季節の料理 塚原巨司の料理ストーリー

「冬の御食つ国会席」

和の食文化において重要な役割を担うワサビ。「冬の御食つ国会席」は、三重を代表する冬の味覚〝伊勢海老〟と〝あのりふぐ〟を中心としながら、穏やかな辛味と香りが特徴の宮川ワサビの魅力を活かした料理をご用意しました。

ワサビが料理の食材として使われ出したのは古く鎌倉時代からで、日本料理ではワサビを様々な形で使います。お造りではすりおろしたワサビが生の伊勢海老が持つ甘味や旨味を引き立てます。また、季節の魚の南蛮漬けには、刻んだワサビで爽やかな辛味と食感のアクセントを。通常、ワサビは茎を取り除いて出荷されるのですが、西さんにお願いして茎ごと仕入れます。ワサビの茎を細かく刻み、煮切った日本酒に浸すとワサビの香りが日本酒に移り、熱を加えることで辛味が抑えられます。これは露山葵(つゆわさび)とも呼ぶ日本料理の手法で椀物の仕上げに数滴加えます。蓋を外すと、ワサビの香りが広がり伊勢海老やかつお出汁が洗練された味わいに。清流が育んだ豊かな味は、日本料理に奥深さを与えてくれます。


「冬の御食つ国会席」
2021年12月1日(水)〜2022年2月28日(月)
¥32,200

和食「浜木綿」

ザ ベイスイート4F
ご昼食 11:30-13:30 (13:00までのご入店/ご予約のみ)
ご夕食 17:30-22:30 (L.O.20:30)

取材日

2021年9月

志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。