【開業70周年特集対談】

自然に抱かれ、ともに生きる

志摩時間 2021年春号より

【ミキモト真珠島×志摩観光ホテル キャンペーン】
2021年3月〜5月の期間中に、ミキモト真珠島の入場口で志摩時間春号(本誌)を提示すると、1回につき5名様まで入場料を無料でご案内いたします。

伊勢志摩の繁栄には真珠が大きな要因であり、ホテル開業の歴史にも深く関わっています。養殖真珠の生みの親である御木本幸吉は江戸時代から志摩の特産であった真珠が乱獲されていることを危惧し、30歳の時、英虞湾で真珠養殖を始めました。赤潮の影響を受けながらも、5年後の1893年、鳥羽の相島(おじま)で世界で初めての真珠養殖に成功したことをきっかけに真珠の一大産地となった伊勢志摩は発展を遂げていきます。

養殖真珠誕生の地、相島(おじま)にあるミキモト真珠島は真珠養殖を紹介する施設として整備され民間外交の場としての役割を担っていました。戦後の経済成長で伊勢志摩が多くの観光客で賑わう地域となったことから、1951年、国内初の真珠専門博物館や海女の実演などが行われる観光施設として開島し、今でも多くの人々が「真珠のふるさと」として訪れています。同年、志摩観光ホテルも戦後初のリゾートホテルとして風光明媚な英虞湾を望む高台に開業。

伊勢志摩の自然の恩恵を受けながら70年の歴史を歩んできた両社はこの地にどのような未来を描くのでしょうか。御木本真珠島代表取締役社長 松田音壽さんと志摩観光ホテル 総支配人三嶋庸弘が伊勢志摩への想いを語ります。訪れたのは真珠王御木本幸吉が晩年を過ごし、客人をもてなした朝熊閣(あさまかく)。松田社長が幼いころから慣れ親しんでいたというこの場所は、幸吉翁が「愛蔵の光琳の屏風をご覧に入れましょう」と訪れる人々へ自慢したという英虞湾の絶景が広がります。(※ミキモト多徳養殖場は、一般公開をしていません。)

志摩観光ホテル三嶋総支配人(左)とミキモト真珠島社長松田音壽さん(右)、ミキモト多徳養殖場朝熊閣にて

―世代を超えて愛されるもの。

松田 真珠は生まれた瞬間から美しい輝きを備えていることから、最古の宝石と呼ばれ古くより人々に愛され、生活に輝きを添えてきました。世界の様々な海、池、湖から採取されますので、すべての生命の源でもある水の神秘、力を具象化したもののようにも思えます。真珠は「特別な力を宿す」として「月の雫」「人魚の涙」などと称され、また海外においても古代中国では荘子が「驪竜頷下の珠(りりょうがんかのたま)」として命がけで求めなければ得られぬ宝として表現しており、インドでは長寿と繁栄の護符として手に入れた真珠を一生涯手放さないそうです。私どもミキモト真珠島では、厳しいクオリティ基準を満たした御品のみを店頭にてご覧いただけます。お客様のお求めになった御品は長い人生に寄り添い、その思いとともに子や孫へと受け継がれていくはずです。私共のスタッフはお客様の商品選びのお手伝いをさせていただいておりますが、お客様が真珠を選んでいるようで、実は真珠が持ち主となるべきお客様を自身へと引き寄せていると感じています。

専門知識を備えるスタッフがお客様がご納得、ご満足いく御品選びをお手伝い。

三嶋 私もお客様と直接関わる営業を長年経験しましたのでお客様とのご縁の大切さは特に感じますね。当ホテルへご来館のお客様は人生の節目、大切な方とのかけがえのない時間を過ごすためという方が多くいらっしゃいます。お客様の「想い」「ご期待」にお応えできるようスタッフには「笑顔」「挨拶」「身だしなみ」そして「気配り」を大切にするよう伝えています。誰にでもできるような何気ない事ではありますが、サービス、おもてなしの基本を身につけることでどの世代のお客様にも心地良いおもてなしを提供できると考えています。

松田 それが「賢島ホスピタリティ」と言われる所以ですね。私も志摩観光ホテルにあるミキモト店で5年程接客をしておりました。確かに志摩観光ホテルは何世代にも渡りお越しいただくお客様が多いという印象が残っています。

ホテルには開業当時からミキモトショップが存在

―特別な場所にあるという使命を感じて。

英虞湾を眺めながら伊勢志摩の未来を語り合う三嶋総支配人と松田社長

三嶋 ミキモト真珠島さんは3月12日、そして当ホテルは4月3日に70年の節目を迎えます。それぞれの役割を担いながら皇室をはじめとした数々の文人賓客をお迎えしてきた歴史があります。私共はお客様に育てていただきながら成長し、そのホスピタリティを磨き続けてまいりました。また、伊勢志摩は古くから「御食国(みけつくに)」として朝廷へ食物を納めてきた場所です。この土地の恵みに感謝し、食を通してその魅力を発信する取り組みを総料理長を中心に行っているところです。同時に食材だけに頼らず、技術の継承、手間暇を惜しまないという精神もホテルの伝統として守り続けなければと感じています。

松田 幸吉翁はこの伊勢志摩の自然をこよなく愛していました。この地を国立公園にしたいと願い、自然の保護と環境の整備に私財を惜しみなく使い、戦後初の伊勢志摩国立公園指定に尽力しました。幸吉翁の愛した伊勢志摩の風景を変わらぬ姿で未来へと繋いでいくことが、その自然の恵みである真珠を扱う私共の使命であると思っています。

―伊勢志摩の未来へ描くものとは。

昭和天皇を多徳養殖場で出迎える御木本幸吉

松田 ミキモトグループでは以前より真珠を育む海の研究やそれに携わる人材育成などの分野で産学連携に力を入れてまいりました。個の企業としてはもちろんですが、地域振興の一翼を担うべく多角的な視点で取り組んでいます。

三嶋 世界だけではなく、地域へ目を向けながら人材を含め未来を創るというお考えは素晴らしいですね。これからは「地域の時代」とも言われています。私は大阪、京都と副総支配人・総支配人と務め、伊勢志摩に参りました。ここで感じることは「天の時、地の利、人の和」。時を見定め、地の利を生かす。しかし最後はやはり心と心が通い合う「人」なのですね。

厳しい基準をクリアして完成するミキモトクオリティさりげなく添えられる「M」のチャーム

松田 1893年、幸吉翁が世界で初めて真珠の養殖に成功したことで、その輝きは多くの人々へ届けられることになりました。「養殖真珠誕生の地」がここにあることは誇らしい事であり、この伊勢志摩の自然がなければ生み出されなかったものだと思っています。真珠を専門に扱った国内初の博物館をはじめとする施設で広く真珠の知識や魅力を国内外に発信しています。そして商品についても厳しい基準を課し、時間と人の手間をかけ生まれる「ミキモトクオリティ」でお客様のご信頼にお応えしています。

三嶋 サービスであっても商品であってもそこに「想い」を乗せてお届けしていくことが何より大切なのだと感じます。志摩観光ホテルの歴史も、先人が作り上げ、そして多くのお客様に育てていただいたものです。私たちはその想いを受け継ぎ、紡いできたご縁に感謝しながら伊勢志摩という自然とともに生きるものとして、次の100年へと歩み続けてまいりましょう。

松田 音壽(まつだ おとひさ)

株式会社御木本真珠島 代表取締役社長。1956年生まれ。1979年株式会社御木本真珠島入社、真珠購買事業、営業部を経験した後、1995年取締役、1997年に常務取締役に就任し海外誘客を主導する。2008年より現職。鳥羽商工会議所会頭ほか地域経済の発展にも尽力。

三嶋 庸弘(みしま つねひろ)

株式会社近鉄・都ホテルズ 常務取締役 志摩観光ホテル総支配人・志摩エリア統括支配人。1951年生まれ。1974年入社。宴会・宿泊セールスを主に担当。新・都ホテル(京都)総支配人、ウェスティン都ホテル京都の総支配人を歴任後、2016年志摩観光ホテル総支配人就任。現在は志摩エリアに展開する3ホテルを統括している。

取材日

2021年1月

志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」

伊勢志摩の地は、ゆるやかな時間の流れに合わせて、表情を少しずつ変えながら、四季折々の味覚や色彩を私たちに届けてくれます。
そんな季節の移ろいとともに、志摩観光ホテル季刊誌「志摩時間」では、地元の文化や豊かな自然などを通じて、伊勢志摩の四季をご紹介しています。